朝日の綺麗な虫明湾に浮かび
ハンセン病隔離の歴史を持つ島

SHIMA INFORMATION

中国エリア/ 岡山県

長島 ながしま

面積
約3.51㎢
人口
約130人(2024年時点)
観光スポット
長島愛生園歴史館、邑久光明園 社会交流会館資料展示室、喫茶さざなみハウス
特産
アクセス
①岡山ブルーライン虫明ICから車で約5分 ②JR邑久駅から市営バスで約50分
URL

長島 nagashima

2つの国立ハンセン病療養所を擁する
後世に伝えていきたい人権発信の島

瀬戸内市邑久町東部にある港町•虫明の海に浮かぶ東西4.2kmに広がる長島。古代においては牛牧•馬牧として利用されていましたが、ハンセン病の隔離政策によって収容された患者に開拓されるまでは無人島でした。1930年に国立ハンセン病療養所「長島愛生園」、1938年には現在の国立療養所「邑久光明園」が設立され、以後全国から1万人以上のハンセン病患者を隔離収容してきました。本土から島へはたった30mほどの対岸にありながら、船で渡ることしかできなかった長島。本土と島をつなげたのは1988年に開通した「邑久長島大橋」で、隔離時代の終わりの象徴として、別名「人間回復の橋」と呼ばれています。ハンセン病に対する根強い偏見により島での生活を強要された人々にとって、長年の願いが叶った瞬間でした。その橋のおかげで今では車やバスで渡れるアクセスの良い島となっています。2019年には、国立療養所の建造物として初めて「長島愛生園と邑久光明園の建造物群(計10施設)」が国の登録有形文化財となりました。長島が浮かぶ虫明沖は古くから朝日の美しさに定評があり、日の出とともに空も海も真っ赤に染まる景色の荘厳さを平忠盛が和歌に詠んだことでも知られています。独特な静けさと空気感が漂う長島では、美しい景色とともにハンセン病隔離の歴史や、人権の大切さを学ぶことができます。

悲しい歴史を繰り返さないよう
島全体で世界遺産登録を目指す

もともと無人島でしたが、ハンセン病患者受け入れの地として切り開かれた長島。全国に13か所ある国立ハンセン病療養所のうち2つが長島にあり、そのうちのひとつ「長島愛生園」は日本初の国立療養所として1930年に設立されました。もう1つの「邑久光明園」は、室戸台風により壊滅的な被害を受けた大阪市内の第三区府県立外島保養院を再興する形で1938年に設立されています。そもそもハンセン病とは「らい菌」という細菌がおこす感染症で、発病すると皮膚と末梢神経が侵され、知覚麻痺がおこり、温度や痛みを感じなくなります。その結果、やけどや、けがを繰り返し手足や顔が変形する後遺症が残り、そうした症状が偏見と差別の対象となりました。1929年には、自分たちの町や村にハンセン病患者が一人もいないことをめざした「無らい県運動」が行われ、それ以降、ハンセン病患者を強制的に隔離する活動が全国で起こりました。この強制隔離は「らい予防法」を廃止した1996年まで続きます。たとえ適切な治療を受けて完治したとしても、家族とのつながりを絶たれ故郷へ帰ることができず、長島で生涯を終える人が多くいました。多い時には3,000人以上がこの島で生活していましたが、2024年現在は130人ほどで、入所者(元患者)の平均年齢は88歳となっています。長島には、人権を守るために差別や偏見と闘い生きてきた人々の歴史が詰まっており、その歴史的価値は大きく、年間1万人の見学者が長島へ訪れています。「長島愛生園」と「邑久光明園」を有する長島の世界遺産登録を目指し、2018年には特定非営利活動法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会ができました。

歴史から人権の大切さを学ぶ
ハイキングツアーやクルージング

島ではハンセン病の歴史や問題の理解を深めてもらい、人権の大切さを学んでもらうツアーやクルージングが開催されています。島内の遺構を巡るハイキングコースは、昔の入所者たちが山を切り開き、畑を耕作して暮らしていた名残を感じながら歩くことができます。国立療養所「長島愛生園」はハンセン病による後遺症を抱えた入所者のケアを行うとともに、ハンセン病問題から人権の大切さを学べる施設です。「長島愛生園」の管理棟として使用していた建物を改装し、2003年に愛生園歴史館が開館しました。館内では、資料映像や島内のジオラマ、入所者の作品が並ぶギャラリーがあり、ハンセン病についての歴史を学ぶことができます。「喫茶さざなみハウス」は島内唯一の飲食店。窓辺の席からは瀬戸内海を一望しながら、ハンドドリップで淹れられたコーヒーを味わうことができ、岡山の絶景カフェとしても知られています。島での昼食やゆったりと休憩したいときにおすすめです。2023年には「長島愛生園」に通称むつみ交流館と呼ばれる社会交流会館が開館し、宿泊研修なども行われています。また「邑久光明園」の社会交流会館資料展示室では、ハンセン病の歴史を学ぶことができるほか、目の見えない人達による音楽団「クローバー楽団」の演奏を聴くことができます。毎年夏には花火が約2,000発あがり、亡くなった入所者に哀悼の意を捧げられます。そうした取り組みにより、ハンセン病に対する理解は格段に向上しましたが、社会的弱者に対する偏見•差別は今なお根強く残っているのが現状です。これからも偏見•差別のない世界を目指して、ハンセン病の歴史を風化させず、後世に語り継いでいきます。

情報提供 / 瀬戸内市役所
画像詳細/本土と島をつなぐ邑久長島大橋(1枚目)
     長島愛生園歴史資料館近くにある山頂からの眺望(2枚目)
     長島愛生園歴史資料館(3枚目)
     喫茶さざなみハウス(4枚目)

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島で暮らす人たちから届いた、日々の情報を紹介していくニュースページです。
イベント情報はもちろん、季節ごとに移り変わる島のリアルな情景をお届けできたらと思います。
様々な表情を見せる島の日々をお楽しみください。